エンドロール

ただのジャニヲタの本音

悲しみ以外で泣けないオンナ

私は涙を流すということが滅多にない。

正直、生まれてこのかたドラマや映画、本などを読んで泣いたことは1度もない。感動の名作と謳われるものを見ても全く泣けない。感情移入できないのが原因なのかな。例えば本ならばただ文字の羅列を目で追ってるだけ、ドラマや映画は登場人物の動きを目で追ってセリフを聞いてるだけでそれ以上の含みや背景を想像することができない。ただ流れてくる情報を受け取って処理するだけ…コンピュータみたいだな。でもそんな感じ。

絶景とか朝日とかそういうものを見て泣いたことももちろんない。だから旅番組とかで朝日とか満天の星を見て涙を流す女は気にくわない。たぶんそれは私がそういうものを見ても微塵も心が動かないから理解できないっていうのもあるし、泣ける女が単純に羨ましいという嫉妬からくる部分もあると思う。

プライベートで泣くこともあまりない。さすがに1度も泣いたことがないとは言わないけど、身内や友人の死がほとんどかな。それ以外で泣いた記憶は母親が自己破産しなきゃいけなくなったことを告げられたときと新卒で勤めた会社でまぁ色々あって追い詰められてそれを母親に打ち明けたときぐらいだと思う。

おたく事はさすがに自分の人生捧げてるレベルだからなのか上記に比べると感情を揺さぶられることは多いかなと思う。自分の記憶だと片手ぐらいはある。それでも世間一般では少ないのかな。直近*1だと当時の担当が事務所を退所したことが判明した翌日に行われたとあるグループのコンサートのチケットを元々持っていたから気晴らしに入ったらバックで踊るJr.を見て辞めた自担のことを思い出すし本編最後のデビュー組の某さんの挨拶の熱量と本編ラストの曲*2の歌詞の全てがぐちゃぐちゃに入り乱れて泣いた。

そう、全く泣けないわけじゃない。でも上記に書いたことからも分かるように私の涙の根幹はほとんどが「悲しみ」という感情だ。

ツイッターをみるとそこかしこにジャニーズの舞台やコンサートを見て泣いたおたくのエピソードが溢れている。その涙の要因は悲しみではない。内容・演出の素晴らしさ、ダンス・演技の素晴らしさ、タレントのステージにかける情熱、ステージから発せられる気迫、そもそも担当が見れることへの喜び…等々、とにかく悲しみ以外の感情で「涙が溢れた」という人が沢山いる。

もちろん比喩として「泣いた」と表現している人もいると思うが、それにしたって「悲しみ」以外で泣くことがない私にとってはかなり非現実的なことで、本当にこんなに沢山の人が泣いているの?とツイッターはてブロを読むたびに不思議な感覚になる。みんな泣きすぎじゃない?そんな簡単に泣けちゃうの?安直すぎない?って。

でもそれと同時にそういうことで泣けない自分に対して人間としての欠陥や担当への愛情が足りないのではとかそういうことも感じてしまう。泣けない自分に劣等感を感じてしまっている。そして泣ける人への憧れも少なからずある。

でも幼少期から感情を押し殺すように生きてきたし、さすがに今の年齢からそれを変えることも簡単には出来ないだろうし、私は一生「感動して泣く」とか「嬉しくて泣く」とかいう素敵な涙を流せないのだなとぼんやり思う。寂しいな。私もそういう感覚を味わってみたい。私も担当を見て感動して震えて涙を流すという経験をしてみたかった。

余談だけど私の担当は涙脆い人だ。嬉しくても泣くし悔しくても泣くし感動しても泣く。感情のままに泣く姿を幾度となくファンの前で見せてきた。その度に心を掴まれた人が沢山いると思う。でも最初はそういうところが少し苦手だった。今思えばあんなに大勢の前で憚ることなく涙を流す彼のことが羨ましかったのかなとも思う。最近は泣く姿もあまり見なくなったけど、次に彼の涙を見るときがあれば嬉し涙であれば良いなと思う。そして私もその涙を見て泣けはしなくとも共感したい。私なりの精一杯の愛情として涙を流す彼を受け入れたいと思う。

*1:と言っても2年ぐらい前

*2:ちなみに自担も歌ったことがあった

グレーゾーンとの付き合い方

これはただのイチおたくがここ最近感じる違和感を吐き出し昔を懐かしむエントリです。これも一種の老いかな!老いだね!

 

世の中の全ての物事は白黒だけでは判断できないのが常だと思う。どんなところにもグレーなものは存在する。それはじゃにーずに関しても言えることだと思ってます。グレーの存在のおかげで円滑にその世界が回ってる側面もある。でもグレーはあくまでグレーなんです。それがあたかも白っぽく上塗りされて表に出てくるのはちょっと違うと思っている。

私が昨今SNSを利用しながらおたくをしているとグレーなものが表に出てくる場面に遭遇することが格段に増えた。最初はかなり戸惑いました。いやそれワールドワイドウェブにあげちゃうの?言っちゃうの?マジ?と思った。例えば…

 

①闇写

私はこれが1番ギョッとした。みんな公式写真かな?って感じでバンバン写メってスキャンしてオープン垢であげてるしそれをRTしてる。割と普段は真っ当な意見を述べてるフォロワー数千人抱えてる人とかも闇写のツイートをRTしたりふぁぼってたりするからあなたのモラルとは?と思ったりしてます。

②積む

積むと直接的に書いてなくてもそれを匂わせる人がまぁ多い。若い子だけかと思いきや普通にいい歳した人も書いてたりする。積むことがおたくのステータスになってる感がどこかある。それでマウンティングか?こんな良い席に入ってるワタシに酔ってるのか?なんでも匂わせないと死ぬの?と思いながらスクロールさーっとしてる。

 

他にもあるけどこれがわたしの思う代表的な2つかな。

①にしろ②にしろ私の超個人的なスタンスは買うならお好きにどうぞです。Jr.担にしてみたら興行全てが円盤になるわけではないし、ましてや担当が無所*1ならばステフォが出ることも雑誌で取り上げられることもほぼない。でも闇写ならそんな自担の輝く瞬間を切り取ってくれる。そりゃ欲しいよね。分かる。②だって昨今チケは簡単には取れないしいつ自担が辞めるかも分かんない世の中で手元に1枚もチケがない。でもお金を出せば見れる。だったら買う。うん、分からなくはない心理。どちらも好きだからこその行為で気持ちは理解できる。

このおたくの「好き」という気持ちを利用した商売は何もここ数年で出来たものではない。私が本格的におたくになった20年ほど前にはすでに必要悪(といったら語弊があるかもしれないけど)のようなものとして存在していた。ただ今と違うのは必要悪だからかなりアンダーグラウンド感が強かった。たとえ友達だからといって誰にでも出来る話ではなかった。だって悪いことだもん。それは利用する人みんな共通認識として持っていた。不特定多数の人が見てるネット上で言うなんて特に考えられなかった。

だからそういう時代におたくとしてのいろはを学んだ私にとっては今の現状に乗っかりたくてもなかなか受容できない。すごく違和感を感じてしまう。頭かたいんだろうな…。

別に今すぐ止めろって目くじらたてて言うつもりもこんなのおかしいって学級会を開きたいわけじゃない。ただ「それは公式的に認められているわけではなく限りなく黒に近いグレーなことを分かったうえで扱ってる?そういう意識ある?大丈夫?」って心配になる。もしかしたら今までグレーだからと見逃してくれていたのにここまでおおっぴらになると黒と判断せざるを得ない可能性もある。そうなったら困るのはこちら側なのだ。

グレーはやっぱりグレーでアングラなものだとおばさんは思うから自分の責任の元で必要悪に手を出すならひっそりこっそり。諸々を暗黙の了解で過ごしていたそういう時代が私は好きでしたっていうお話です。もう今更そんな時代に戻れないのは分かってるけどね。そんな時代もあったんだよっていう化石おたくの戯言でした。

*1:ユニットに所属していないJr.の子たち